羽咋大祭と、神職の烏帽子
2026年9月19日・20日、羽咋神社を中心に羽咋大祭が行われました。
羽咋大祭では、神輿や神事とともに、伝統的な装束を身につけた神職の姿を見ることができます。その中で特徴的なのが、頭に着ける黒い烏帽子です。
烏帽子は、日本で古くから用いられてきた男性の被り物です。その素材や製法は時代によって異なりますが、歴史をたどると、「羅(ら)」と呼ばれる薄い絹織物が用いられてきたことが分かります。
ここでいう羅は、単に薄く、透ける布というだけではありません。
羅は、からみ織の中でも、とりわけ複雑な構造を持つ織物です。
羅 ― からみ織の中でも特殊な織物
羅では、複数の経糸が隣り合う糸と絡み合い、その組み合わせを変えながら、網のような組織をつくります。
単に一定の隙間をつくるだけではなく、経糸の絡ませ方を変えることで、網目の大きさや形を変化させることができます。
さらに複雑な羅では、糸の絡み方そのものによって菱形などの文様を織り出すこともできます。
つまり羅は、織り上がった布の上に後から模様を付けるのではなく、
「糸をどのように絡ませるか」
その構造そのものによって、透け方や文様をつくる織物です。
経糸を複雑に動かしながら、その間に緯糸を通し、一枚の布として成立させる。
そのため羅は、からみ織の中でも高度な製織技術を必要とする織物として知られています。
古代では、貴重な高級織物だった
羅の歴史は非常に古く、日本では飛鳥・奈良時代にはすでに用いられていました。
古代の羅は、現在の「薄くて涼しい布」というイメージだけでは捉えられません。
当時、細い絹糸を複雑に操り、網のように大きな空間を残しながら、織物としての形を保つことは高度な技術を必要としました。
さらに、糸の絡ませ方を変えることで、透けた生地そのものに文様をつくることもできました。
そのため羅は、錦や綾などと並ぶ、貴重な高級絹織物として扱われました。
正倉院にも、奈良時代につくられた羅の織物が現在まで残されています。
羅は、単に糸の使用量が少ない薄い布だったのではありません。
「何もない空間」を布の中につくりながら、その形を崩さない。
そのために必要となる複雑な糸の制御そのものが、羅の価値でした。
現代の羽咋で織られる「羅」
現在、羽咋のTECHNOWINでも、「羅」と呼ばれる織物を製造しています。
もちろん、烏帽子などに用いられてきた羅と、TECHNOWINで現在織っている羅が、まったく同じ規格の織物というわけではありません。
使われる糸、密度、織組織、用途などによって、羅にもさまざまな姿があります。
一方で、複数の経糸を絡ませ、その絡み方によって空間と構造をつくるという考え方は、現在のからみ織にも見ることができます。
古代には貴重な高級絹織物として用いられ、正倉院にも残された「羅」。
2026年の羽咋大祭では、羅と深い関わりを持ってきた烏帽子という日本の装束を見ることができます。
そして同じ羽咋では現在も、TECHNOWINの工場で、羅を含むからみ織が織られています。
からみ織は、今も羽咋に息づいています。
