禅と聞くと、静かに坐禅を組む厳しい修行を思い浮かべるかもしれません。しかし、禅僧が残した言葉や絵、各地に伝わる物語には、犬や雀など、身近な動物たちも登場します。
そこに描かれるのは、教えを問い直すきっかけとなる動物の姿や、小さないのちを慈しみ、その死を悲しむ僧の姿です。
昔の人と動物の関係を、そのまま現代の「ペット」と重ねることはできません。それでも、こうした物語には、動物と暮らす私たちにも通じる気持ちが感じられます。公案、地域の伝承、そして今に残る作品を手がかりに、禅と動物の関わりをたどります。
犬にも仏性はあるのか
禅の公案集『無門関』の第一則に、「趙州狗子(じょうしゅうくし)」という問答があります。「狗子」とは、犬のことです。
ある僧が趙州和尚に、犬にも仏性があるのかと尋ねます。仏性とは、仏としての本性、あるいは仏となる可能性を指す言葉です。趙州和尚は、この問いに「無」と答えました。
この「無」は、犬の価値を否定する言葉として読むものではありません。『無門関』では、単なる有無や虚無の意味に受け取らず、この一字に全身で向き合うことが求められます。知識だけで答えを出すのではなく、自分自身のものの見方を問い直す修行なのです。出典1
身近な犬の存在が、人の心のあり方を問う入り口になる。そのことにも、禅と動物との深い関わりがうかがえます。
良寛と犬——目の前のいのちに、ご飯を分ける
曹洞宗の僧・良寛には、動物を慈しむ人柄を伝える話が残されています。新潟県が紹介する、現在の燕市分水地域の伝承もその一つです。
ある朝、良寛が縁側で食事をしようとすると、空腹の犬がやって来ました。ご飯を与えると、犬はすぐに食べ終え、また欲しそうに良寛を見つめます。
何度もご飯を分けるうちに、自分の分までなくなってしまいました。良寛は朝食をとらないまま托鉢に出かけ、犬もそのお供をしたといいます。出典2
これは、地域に語り継がれてきた話です。良寛がその時に何を考えていたのかまでは分かりません。ただ、目の前でお腹をすかせている犬に、自分の食べ物を分ける。その素朴な行いから、人々が良寛に見ていた優しさが伝わってきます。
仙厓の子犬——かわいい、と感じる心から
博多の聖福寺で住職を務めた仙厓義梵(せんがいぎぼん)は、親しみやすい禅画を数多く残しました。
福岡市美術館が所蔵する『犬図』には、愛らしい子犬とともに「きゃふんきゃふん」という文字が添えられています。難しい言葉を知らなくても、その姿や鳴き声に思わず顔がほころびます。出典3
仙厓には、先ほどの公案につながる『狗子仏性画賛』という作品もあります。美術史を専門とする学芸員の金子信久さんは、この作品について、難しい理屈よりも、目の前の犬をかわいいと感じる心や、ありのままの日常を大切にする教えとして読むことができると語っています。出典4
これは作品の一つの解釈です。それでも、何かを説明しようとする前に、まず目の前のいのちに心が動くという感覚は、動物と暮らす私たちにも身近なものではないでしょうか。
一休と雀——別れを悲しみ、悼む
一休宗純と雀の関わりは、今に残る墨跡から知ることができます。
荏原 畠山美術館が所蔵する『一休宗純墨跡 尊林号』は、一休が可愛がっていた雀に与えた「尊林」という字号を書いた作品です。制作年は1453年とされています。「尊林」は、ここでは戒名ではなく、雀に与えられた号として紹介されています。出典5
同館の解説によれば、雀が突然死ぬと、一休は激しく泣き、埋葬しました。そして、釈迦の涅槃になぞらえた偈頌を作り、雀を悼んだといいます。出典5
この出来事だけで、一休の悟りや執着について結論を出すことはできません。それでも、動物との別れを深く悲しみ、その存在を言葉に残した姿は、今を生きる私たちの心にも響きます。
大切ないのちを失った悲しみは、簡単には言葉にできません。一休の墨跡は、そのような思いが、遠い時代にもあったことを伝えています。
共に過ごす時間を、大切にする
犬をめぐる問い、ご飯を分ける物語、子犬を描いた絵、雀を悼む言葉。禅僧と動物との関わりは、一つの教訓にまとめきれるものではありません。
そこには、いのちを見つめるさまざまなまなざしがあります。
一緒にいることを喜び、小さな仕草に心を動かされ、別れを悲しむ。こうした経験に目を向けることは、自分が何を大切にしているのかを見つめる時間にもなるでしょう。
SHALOのジャーナルでも、禅にまつわる文化や物語を、日々の暮らしに引き寄せながら紹介していきます。動物と共に過ごす何気ない時間も、その入り口の一つなのかもしれません。
参考資料
- 臨済宗大本山 円覚寺「味噌と醤油と」(横田南嶺、2022年5月27日)
- 新潟県公開資料「⑫犬にごはん(燕市分水地域)」
- 福岡市美術館「リニューアルオープン記念展」プレスリリース(2019年3月8日、4ページ目)/同館提供の『犬図』作品データ
- ほぼ日「第4回 仙厓さんの子犬は問う」(金子信久へのインタビュー、2025年5月8日)
- 荏原 畠山美術館「一休宗純墨跡 尊林号」