總持寺が生まれる前から、能登には祈りと修行の場がありました。

前回は、曹洞宗に永平寺と總持寺という二つの大本山があることを紹介しました。今回は、その一つ、總持寺が能登に生まれたときの話です。

奥能登・門前町にある「禅の里」の展示では、瑩山紹瑾禅師による總持寺の開創とともに、夢のお告げにまつわる伝承が紹介されています。

總持寺の前にあった、諸嶽寺

現在の總持寺祖院につながる場所には、もともと諸嶽寺(もろおかでら)という寺がありました。

展示では、諸嶽寺は行基によって開かれたと伝えられる、密教の寺院として紹介されています。

總持寺は、何もなかった場所に突然生まれたわけではありません。すでに人々が祈り、仏教の修行を重ねてきた場所を受け継いで始まりました。

1321年、瑩山禅師はこの寺を譲り受け、禅の道場として總持寺を開きます。總持寺の所蔵史料には、諸嶽寺の定賢が寺領や敷地を瑩山禅師に寄進した際の寄進状が残されています。總持寺デジタルアーカイブ

二人の夢に現れた、お告げ

この寺の受け渡しには、不思議な話が伝わっています。

展示によれば、諸嶽寺の住職・定賢の夢に観音さまが現れ、瑩山という優れた僧に寺を譲るよう告げたといいます。

一方、瑩山禅師にも、寺を引き継ぐことにつながる夢のお告げがあったと伝えられています。

二人の夢が、寺を譲る側と受け継ぐ側を結びつける。

展示は、總持寺のはじまりを、このような物語とともに伝えています。

夢のお告げは、開創にまつわる伝承です。寺領の寄進を記した史料とは区別しながら、總持寺の誕生がどのように語り継がれてきたのかを知る手がかりになります。

禅を受け入れた、能登の土壌

展示には、能登が古くから修行の場であったことも紹介されています。

山あいに残る寺院や、修験の歴史を伝える地名。總持寺が開かれる以前から、この土地にはさまざまな仏教の営みがありました。

能登の仏教の歴史は、曹洞宗だけで始まったものではありません。

その土地に積み重ねられてきた信仰の上に、瑩山禅師が伝える禅の教えが重なっていきました。

諸嶽寺から總持寺へ。

この変化は、寺の名前が変わっただけではなく、受け継がれてきた祈りの場が、曹洞禅を伝える新たな拠点になっていく始まりでした。