能登・輪島市門前町の總持寺祖院で、復興工事に関わった方と、髙島弘成副監院から話を伺いました。
足場のある境内を歩きながら印象に残ったのは、前回の復興工事が、今も建物を支えているということでした。
14年をかけた復興の、その後
2007年の能登半島地震で、總持寺祖院は大きな被害を受けました。そこから約40億円と14年の歳月をかけ、2021年に復興事業が完了しました。
行われたのは、傷んだ建物を元の姿に戻す工事だけではありません。建物を支える地盤や基礎にも手を入れ、耐震補強を含む大規模な工事が続けられました。
ところが、復興を終えてから3年もたたない2024年1月1日、再び能登半島地震が起きます。回廊が倒壊するなど、境内は再び大きな被害を受けました。
前の記事で紹介した門や句碑にも、その地震の痕跡が残っています。
目に見えないところにも、補強がある
工事に関わった方から伺うと、2007年の震災後、山門では建物を一度動かし、その下に鋼管杭を打つ工事も行われたそうです。建物の形を整えるだけでなく、それを支える地盤から補強していたのです。
こうした対策は山門だけではなく、境内の主要な建物でも、それぞれの状態に応じて進められていたと伺いました。
普段、寺の建物を見るときには、屋根の大きさや木組みに目が向きます。その下で何が建物を支えているのかは、話を聞くまでなかなか分かりません。
2024年の被害は、決して小さなものではありませんでした。それでも、主要な伽藍の多くは残り、境内全体として、再び修復・復興できる状態に踏みとどまりました。
前回の耐震補強や地盤への対策が、そのことにつながっている。現地で伺った話から、長い時間をかけた復興工事は無駄ではなかったのだと感じました。
残ったものから、もう一度
髙島弘成副監院からも、二度の震災と復興について話を伺いました。
14年をかけた復興を終えたばかりで、もう一度、大きな被害を受ける。その重さは、年月や金額だけでは伝えきれないものだと思います。
それでも境内では、残った建物を修復する工事が進められています。足場に囲まれた伽藍は、被害の大きさとともに、もう一度修復していけるものが残ったことも伝えていました。
復興は、元の姿に戻ったところで終わるものではないのかもしれません。次に大きな災害が起きても、そこからもう一度始められる状態を残しておく。
總持寺祖院で話を伺い、前回の復興が、今の復興の土台にもなっていることを知りました。

